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思考のリファクタリングとしてのコーチングの技術

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コーチングとは、ざっくりした定義だと「対話によって個人の目標達成を支援する、人材開発手法の1つ」とされる。

初めてこの概念に出会ったのは『ヤフーの1on1』を通してで、この本では 1on1 における相手への働きかけを、ティーチング、コーチング、フィードバックの3つに分類している。ティーチングは相手に知識を「教える」ものであり、フィードバックは評価などを「伝える」ものであるのに対し、コーチングは相手の中にある考えや思いを「引き出す」ものとされる。相手が何か課題を抱えている際に、その答えとなるアドバイスを直接話してしまうのではなく、相手の中で思考を進める支援をして、自ら回答を導く、あるいは自らが本当に考えていることを気付かせるよう促すのが「コーチング」と呼ばれる。

今回、コーチングに興味を持って4冊ほど本を読んでみた。動機としては、自分自身「上司」の立場で 1on1 を行うにあたり、この手法のなんたるかを知っておいたほうがいいと思ったからだ。

また、コーチングの手法を自分自身に応用し、自らの成長に役立てる「セルフコーチング」という概念も存在する。僕は目の前の仕事をこなしたり、自分の立場で求められることを考えて実践するのはある程度得意だが、自分自身が何をしたいのか、5年後どうなりたいのかと言ったことを考えたり言語化するのはあまり得意ではない。コーチングにおける「思考を進める」「自分自身の本当の考えに気付く」という方法論は、こういった自分の弱点克服に役立つのではないかと考えた。

改めて、コーチングとは何か

ところでいろいろと調べてはみたものの、具体的にコーチングはこれだ!と一言で言えるものではなく、捉えどころが難しい。

コーチングの不都合な真実 それは信念なのか、それとも科学なのか? という記事によれば、アメリカでコーチングが登場してからまだ30年程度だそうで、様々な流派が存在しており、実際のところ何か明確な定義があるわけでもないらしい。最初に書いた「対話による」「人材開発」という点は共通していると思われるが、そこで具体的に何を話すのか、どういった手法が用いられるのかは、流派によるのだと思う。

したがって、ここで書く内容は、あくまで僕が読んだ4冊から抽出した内容に過ぎず、これ以外の方法論も存在しているという点は予め書き記しておく。

コーチングの過程

目標の明確化、現状分析、ギャップの調整という三段階を辿るのが基本とされる。

目標を達成する、成長を支援するならば、その行く先たる目標をまず明確化する必要がある。それも、会社から求められているような have to の目標ではなく、自分が本当にやりたいことをまず探し出すところからコーチングは始まる。

その後、現状を分析した上で、現状と目標との間にあるギャップをどう埋めていくか考え、調整していくのが一連のコーチングプロセスにあたる。

コーチングは対等な関係で行う

字面からして上下関係を想像してしまいがちだが、コーチングは対等な関係で行うものであり、そこに上下の別はない。コーチングを受けたい一方が、自分の悩み、課題をまず言語化して客体化し、それに2人で向き合うような形で進めるのが理想とされる。

具体化していく、考える材料を多く出す

冒頭に書いた「考えを引き出す」にあたっては、できるだけ多く、具体的に自分の考えを言語化していく必要がある。

コーチングの前提となる考えに、人間は自分が本当に考えていることを自覚していない、という点がある。体面、世間体、社会性などを理由に取り繕ったことを話してしまうということもあるし、言語化していない思考には自分でも気付けないことがある。ソフトウェアエンジニアリングの界隈で言えば、「ラバーダック・デバッグ」や「壁打ち」を想像するとわかりやすい。

また、ある程度具体的な経験をピックアップしなければ、抽象化に結びつけづらい。目標達成に困難を感じる出来事が1つだと、それは一過性のものかもしれないが、複数を挙げて共通点を括り出すことで、より本質的な問題に対処できる可能性がある。

コーチングであれば、うまく質問を通じて相手の話を具体化していく必要があるし、心理的安全性や信頼を確立して、相手が本当のことを多く話せる場を整える必要がある。セルフコーチングであれば、自分の考えをたくさん書き付けながら、曖昧な部分を自ら探して掘り下げていくような過程を辿ることになる。

習慣や環境へのフォーカス

コーチングは最終的に何かしら「行動の変化」を伴わなければ意味がない。

そのために、習慣や環境へフォーカスしていく。目標達成が「Go をひとりで書けるようになる」だとして、あまり勉強の時間が取れていないのであれば、どう時間を確保するかを考えたり、コーディングの対象を探すために、 Go の Good First Issue を探しやすいようにするかもしれない。あるいはそもそも別のチームに移動したほうが業務時間で Go を書けるのであれば、移動を調整して環境自体を変えることも考えられる。

コーチングは継続的に行う

コーチングは1回行って終わりではなく、継続的に行うものとされる。

1つには、なかなか1回の会話(コーチングは1回あたりだいたい30分程度)では本当の考えまで辿り着けない場合も多いことによる。何度もコーチングを行い、じっくり問いに向き合うことで、自分の目標は何か、どういったキャリアを辿りたいか日常的に考える習慣ができていき、答えも見つけやすくなる。

また、不確実性を排除する観点もある。状況が日々変化していく中で、目標はそのままでいいのか、今やっていることは目標達成の観点からずれてきていないか、新たな問題はないかなど、様々な点を洗い出しながら軌道修正していく。

conclusion

正直なところ、本を読んだだけでコーチングスキルが簡単に上がるものではないし、それなりにこれは高度なスキルだという印象が強い。そもそも、悩んでいる相手に対して、パッと何かアドバイスをしたくなる衝動は自分にもあるし、それを押さえて話を聞く、考えを促すという会話スキルにチャレンジしてはいるが、一朝一夕で身につくものではないな、と思う。

コーチング自体が万能のものでもないと思っている。世の中、特にエンジニア界隈だと、キャリアパスは特に考えず、やるべきことをこなしていただけで凄腕エンジニアになれました、という人は多くいるし、成長過程を辿る上で、こういった自問自答が必要となるかは人それぞれだ。 また、コーチングは自分の中に答えを見つける、つまり「自責」の考え方が強いので、例えばトップダウンの傾向が強いような会社だと、コーチングしたところで自分が取れる手立てがない、ということもあり得るのではないかと思う。もちろん、環境要因を変えるために、自分が何をできるか考えることが重要なのだが、過度な自責思考は、人によってはメンタルに重大な影響を及ぼす可能性もあるし、銀の弾丸のようにコーチングを用いるべきではないと考える。

その上で特に着目したいのは、コーチングにおける「考えを具体化する」「言語化して考える」「習慣にフォーカスして行動を変える」「継続的に状況を追跡する」といった方法論だ。今回、『エンジニアリング組織論への招待』もあわせて再読したのだが、その中で「思考のリファクタリング」と呼ばれる言葉がある。人間の思考はバイアスなどで認知がゆがみやすいし、言語化していないことで曖昧なものとなってしまうこともある。この本では、思考をリファクタリングすることで行動を促すために、メンタリングの技術を勧めており、これはコーチングの考え方にも近い。

僕はつい頭の中で考えを転がす悪癖があるので、書き付けて考える、あるいは具体的経験を書き留めておくことは日々の習慣にしていこうと思っている。コーチング上での実践のみにとどまらず、常に自分の思考を疑い、それを言語化、客体化してリファクタリングしながら、自分の目標や問題意識に向き合うことは、エンジニアとしても必要な技術だと捉えている。

今回読んだ5冊

新版 コーチングの基本

コーチングとはそもそも何なのか、定義付けする上ではこの本が一番よかった。先述の通り、かなり捉えどころのない概念なので、まずはこの本である程度コーチング像を固めてしまうと良いように思う。後半は組織論などになるので、前半だけでも。

新 コーチングが人を活かす

コーチングを実践する上での tips が多く書かれている本。具体的にコーチングをどう進めるべきなのか、実践イメージがつかみやすい。

エンジニアリング組織論への招待

再読。先述の通り、一部の記述がコーチングに近い話になっており、 Chapter1「思考のリファクタリング」と Chapter2「メンタリングの技術」が特に参考になった。

トリガー 自分を変えるコーチングの極意

コーチングにおける「行動の変化」をどう促すべきかにフォーカスした本であり、コーチング自体の方法論ではない。人間の行動は「環境」というトリガーに大きく左右されているとし、習慣や行動を変えるための仕組み化を行うことを述べている。コーチングの如何を問わず、行動変容という点ではとても参考になった。

人生改造宣言

これもコーチング自体の方法論の本ではなく、コーチングにおいて行われるアドバイスが tips のようにまとめられた本という趣が強い。ライフハック本に近いかもしれない。