『ライティングの哲学』とエンジニアとアウトライナーと考えること
『ライティングの哲学』は、「書くこと」を職業とする学者やライター4人が集まって、如何に工夫していつも書いているのか、あるいは如何に書けていないのかということを座談会で赤裸々に語る本だ。IT系のエンジニアは別に書くことが飯の種というわけでもないので、一見関係ない本ではありそうなのだけれど、存外に参考になることが多かった。
本書で語られる「書けない」という悩みは、いわば「仕事に向かうために重い腰を上げられない」に近い部分があり、ならば「書かないで書く」という話が出てくる。
「えーっと」とか「今日はフリーライティングしてみるわけだけど」とかもひとつひとつ全部、箇条書きにしていくんですよ。そうやって書いていると、だんだん思考が凝縮されていって、電話しないといけなかったことを思い出したり、カレンダーに入れ忘れていた用事が出てきたりと、仕事が発生してくる。文章を書くときに構えてしまうことを突破するために、ぼくは以前「書かないで書く」というキーフレーズを考えたんですが、それは要するに「規範的な仕方で書かない」という意味なんですよね。脱規範化するためには、「そんなの書いてるうちに入らない」くらいの雑な書き方であっても書いてしまえばいい。
頭の中でまとまらない思考も、実際に言語化することでまとまっていき、解決策を思いついたりすることは、ライターではなくともよくある。エンジニアリングの仕事は、1日の大半が何かを考えることで、ともすると頭の中でもやもやとただ考えがちなところを、書きながら考えるようにしてみるとよかったりする。これはつまるところ、ラバーダック・デバッグとか、「壁打ち」と言われる手法と似た話だと思う。頭の中で考えるときにも言語を使うのが人間だとは思うが、それを実際に言葉でアウトプットしてみると、意外とすんなり考えがまとまっていく。壁打ちなどは会話の形式なので音声言語が用いられるが、文字で書くことで思考は目に見える形になり、より扱いやすくなると個人的には感じている。
ライティングというのは要するに、頭の中にある思考を論理的にまとめてアウトプットする過程であり、それは極端な話、エンジニアであっても似たようなことをやってはいて、出力が日本語なのかプログラミング言語なのかが大きな違い、というだけだったりはする。なので、結構エンジニアの立場から共感できる話はこの本には多い。
エンジニアと「書く」こと
つい先日も、 日記駆動仕事術のススメ | DevelopersIO というエントリーが話題になっていたように、エンジニアの中でも「書く」ことを勧める話は少なくない。日記、日誌、日報の関連では、『 達人プログラマー 』にも「エンジニアリング日誌」という話が出てくる。これは、自身の実績を後々客観的に振り返る意味で日報を書くべきだという話であり、 日報・週報を自分の役に立てるために書く - 発声練習 でも書かれている通り、思考・研究などを生業にする人には当たり前のような習慣なのかもしれない。『数学ガール』などで知られる結城浩さんもたびたび「作業ログ」の重要性に言及しており、 有料で自身の作業ログを公開 までしている。
そのような判断をするためには「作業ログ」や「日誌」や「日報」のようなものが重要になります。自分は今日何をしたか。自分は今週何をしたか。自分は今月何をしたか。それらを淡々と振り返る手段を構築しておくことは極めて重要です。
— 結城浩 (@hyuki) July 15, 2021
僕がこの手の「エンジニアと書くこと」について初めて読んだのは 「書く」のは特別な道具 - naoyaのはてなダイアリー というエントリーだ。これは先のような振り返りの視点というよりは、『ライティングの哲学』と同じく、「書いて考える」ための話だ。このエントリーは何度も読み返している。何年か前にはSlackにおける「分報」のムーブメントもあったが、あれも書いて考える一環であり、そして一人ではなくチームでの思考を助長する面もあった。
また 様々なTODOアプリやタスク管理方法を試行した結果最終的にプレーンテキストに行き着いた話 - みんからきりまで のように、タスク管理も「書く」ことでテキストベースで行うという話もある。手法として確立された todo.txt のようなものもあるし、タスクだけではなく、一緒にメモから何から管理していこうとなれば Org mode for Emacs もある。
書くことで思考を掘り下げる、やるべきことを明確化する、やったことを記録しておくなどなど、エンジニア界隈での「書く」ことの有用性の話は数多い。
アウトライナーで書いて考える
『ライティングの哲学』では、書くツールとしてアウトライナーがピックアップされる。著者の一人である千葉雅也さんは、以前から 千葉雅也インタビュー「書くためのツールと書くこと、考えること」|もの書きのてびき|書く気分を高めるテキストエディタ stone(ストーン) などでもアウトライナー Workflowy の話をたびたびしているアウトライナー愛好家だし、半ば「アウトライナーの本」と言ってもいいかもしれないとすら感じる。
僕もメモを取るためのツールは QFixHowm を使ったり、シンプルにKobitoでMarkdownを書いたり点々としてきていて、その中でアウトライナーも使ってきている。アウトライナーが良いのは、文章を前後で入れ替えたり、入れ子の構造を作ったり、入れ子構造のchildだけにフォーカスして画面表示したりと、一度書いた文章を自由に切り貼りできる点にある。ざっくり「箇条書きを超柔軟に使えるツール」と言ってもいい気はしている。何かに行き詰まって、とりあえず今頭にあることを数行ガタガタガタっと書いてみる。その中で「あー、このあたり調べたほうが良さそうだな」というところがあれば、その行だけを画面に表示して、配下に文章をまた足していって……というような、思考を掘っていく過程を視覚的に再現できる。
アウトライナーのウェブサービスでは、特に Workflowy と Dynalist の2つをよく耳にする。僕も最初に触れたのは2015年に登録した Workflowy で、その後一度アウトライナーを離れてから、2019年に Dynalist を使い始めた。そして先々週ぐらいからは Legend という比較的マイナーなものを使い始めた。
僕はタスク管理 + 日報のような用途でアウトライナーを使っていることが多い。今やるべきこととか、注意を向けたいことの全体像のリストと、今日やることのリストという主に2つがあり、「全体像のリスト」から「今日やることのリスト」にタスクを持ってきて1日が始まる。日中は「今日やることのリスト」の中でメモを取りながら過ごして、その中でタスクが発生したり、今日やりきれないタスクが出てきたら、「全体像のリスト」へ送る。1日の終わりに、完了したタスクとメモが「今日やることのリスト」に残るので、それを日報として残している。このあたりの方法は、 その日付をすてろ とか色んなエントリーの影響を受けている。
ただ、ずっとカッチリとメモを残せてきたかと言うとそういうわけではない。僕は基本的には筆無精だし、頭の中で悶々と考え続けてしまう時間が大きい。それをどうにか解消したくて、ずっとメモツールにしがみついたまま生きている。
先ほど、アウトライナーは「箇条書きを超柔軟に使えるツール」と書いたが、一方で箇条書きは「文章を書こう」というモチベには繋がりにくい面も感じている。多くのアウトライナーは箇条書きのようなバレットが必ず先頭につくのだが、どうもこのUIだと細切れの単語しか書けないことが多かった。なのでゴリゴリと長文で思考を書き付けきることができず、断片的なよくわからない単語の固まりにしかならないことがあった。
Legendを使っている理由の一つは、わりと些細な話で、このバレットがキーボードショートカットで消せることにある。でもそれがすごく重要で、これだけで「文章を書こう」という気分がかなり醸成されるようになった。また、Markdownのように #
を頭に付けると見出し化してくれる機能もあるのだが、このとき前の行といい感じにマージンを空けてくれて、これもまた書く気分を高めてくれる。それなら要はMarkdownエディタでいいじゃないかという話になりそうだし、それはその通りだと僕も思う。Legendを使ってみて気付いたのは、僕が欲しかったのは自在に階層構造間で文を移動できるMarkdownエディタだったんじゃないか、ということだった。クラウドでの同期ができるなら、org-modeを気に入っていた可能性もある。
もちろん他にもLegendに利点はあって(アウトライナーに興味ない人はこの段落を読み飛ばして大丈夫)、他のアウトライナーがだいたい常に1画面でしか表示できないところ、Legendは複数のタブを作ったり、タブの中にマルチペインで複数のアウトラインを並べて表示できる。僕の使い方で言えば「全体像のリスト」と「今日やることのリスト」を並べられるのがすごくいい。また日付付きのチェックリストを作ると、org-modeのAgenda Viewsのように一覧できる機能もある。アウトラインの全体像をサイドバーに表示して、クリックして好きな箇所を表示できる機能は、日報を振り返る上で重宝する。まだまだ発展途上のようで、正直バグに突き当たることもあったりはするのだが、開発も活発だし、使用感が気に入っている。ちなみに、GmailやGoogle Calendarとも連携できて、それらとアウトライナーの間で情報を行き来させ、ツールをまたいでToDoなどをOrganizeできるというのがLegend最大の売りらしいのだが、そこにはあんまり興味を持てていない。なお、今回DynalistとWorkflowyを避けた理由は、先のアニメGIFの中に書いている。
IDEやテキストエディタで好きなカラースキームを選ぶように、文章を書く上でも、気分が上がりやすい、集中しやすい環境を整えるのは重要なことだと捉えている。つい書いてしまうような環境であることが理想的だ。『ライティングの哲学』では、こういう状態を「依存によって書く」と呼んでいた。Twitterについつい何か書き込んでしまうアレだ。あの状態を、手元のアウトライナーで作る。そして脳内にあることがするするとアウトライナーの上に表現されていく。それを整理するうちに考えが整理されていき、仕事が進んでいく。そして書いたメモは、もう少し整形して文章として整えてやれば、そのままScrapboxにストックしたり、ブログなどにアウトプットできる。まだそこまでの域には達していなかったりはするが、そんな状態が理想だな、と思いながら日々書いている。
『ライティングの哲学』ではこういった流れを作り上げる話が展開されているのだが、それはライティングに限らず、考えて仕事をする人全般に応用できる話ではある。